5-2. ロスト・イン・ジェネレーション英語の Communication を (遠隔) 通信と訳したことが、結局、「通信の秘密」の解釈が米国・英国などと比較した場合には、広く解釈される原因のひとつだったのではないかと考えたことは前回でふれた。憲法のみではなく、制定法の「通信の秘密」の解釈をめぐっても解釈は明確ではないところがある。 「通信の秘密」は電気通信事業法 4 条によって定まっており、同条は、 「(秘密の保護) 第四条 電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。 2 電気通信事業に従事する者は、在職中電気通信事業者の取扱中に係る通信に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても、同様とする。」 と定めている。また、罰則においては、同法 179 条が、 「電気通信事業者の取扱中に係る通信 (第百六十四条第二項に規定する通信を含む。) の秘密を侵した者は、二年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。 2 電気通信事業に従事する者が前項の行為をしたときは、三年以下の懲役又は二百万円以下の罰金に処する。」と定めている。 このような条文をみるときに、「通信の秘密」と「他人の秘密」という用語が、ともに存在している。4 条の条文と 179 条の条文の関係、「通信の秘密」と「他人の秘密」との関係はどうか、という問題が出てくる。英国・米国などをみるとき、「通信の秘密」が通信の内容であって、「他人の秘密」が、通信についての通信データ部分[1](誰から誰に、いつ何時に、どのような種類で、といった内容以外の部分をいう)をいっていたのではないかという考えも成り立ち得そうに思えるのである。特に、吉展ちゃん事件に関連してなされた昭和 38 年 12 月 9 日の内閣法制局意見 (以下、昭和 38 年意見という) においては、いわゆる逆探知の適法性について、第 1 項・第 2 項の定めをともに、紹介した後に、「2 項 (現行の電気通信事業法第 4 条 2 項) にいう『他人の秘密』に該当するものと解すべきであろう」など明確に、2 項の「他人の秘密」に該当するとしている。ここから、以前は、内容と通信データの峻別があったのがいつのまにか変わってきたのではないかということが考えられ、そこで、筆者らは、制定法上の「通信の秘密」についての定めを、このような問題意識から、すべて洗い出してみたのである[2]。 調査の結果、明治 20 年代のころ (電信法が制定されたのは、明治 33 年になる) から、上記のような議論をも前提に通信の秘密は、通信の内容のみならず、誰から誰へと通信されたかという部分をも通信の秘密として保護されると広く解されていたこと、郵便法の制定 (昭和 22 年) において、現行の法律と同様の条文構成になっていること、昭和 29 年 5 月の参議院郵政委員会で「上田市公安調査官郵便物調査事件」について議論がなされた際に、郵便の宛名書きが、郵便法の信書の秘密にあたるか否かという点について政府委員の説明が委員によって結論が正反対になったりしたこと、上記の法制局意見のあとは、通信データ以外の部分も「通信の秘密」と「他人の秘密」は同一であるという解釈が一般化したこと、その後、昭和 62 年に出版された逐条解説本において、さらに通信の秘密の解釈が広がったこと、などがわかった[3]。 調査の結果、電信や電話などが通信の主役を務めていた時代において「通信の秘密」の解釈は、常に広がってきたということができる。が、その後、インターネット通信が主役になりつつあるにもかかわらず、従来の拡大された「通信の秘密」の解釈のままで、いろいろなインターネット上の問題を解決しようとしているところに根本的な問題が生じているように思われる[4]。もっとも、前回、今回とみてきたように、「通信の秘密」は、憲法論からも制定法の解釈の変遷という観点からも、金科玉条のものではないことがわかったということもいえるであろう。そこで、私たちは、どのようにインターネット時代にあわせて具体的な解釈論を展開していくべきかという問題に直面することになったのである。 [1] なかなか適切な用語がないので、このように呼ぶことにする。サイバー犯罪条約でのトラフィックデータ (第 1 条 d 項) に相当する。 [2] この調査の結果は、「『通信の秘密』の数奇な運命 (制定法)」情報ネットワーク・ローレビュー (第 8 巻) (情報ネットワーク法学会、商事法務、平成 21 年) に掲載されている。 [3] もっとも、これ以外にも、100 年前に、アルゼンチン (文献中の表記はアルジャンチン) 法やデンマーク法を参考に通信の秘密を考えていたこと、「公衆電気通信法」の起草者の解釈本 (金光昭・吉田修三「公衆電気通信法解説」(日信出版、昭和 28 年) が国会図書館に存在しないことなどもわかるなど、非常に興味深い調査となった。 [4] 世代をまたいで解釈がなされることが失われるものがあれば、それをロスト・イン・ジェネレーションということもできるであろう。 |